大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)18157号 判決 1998年5月28日

主文

一  被告は、原告に対し、金一二五万五二四〇円及びこれに対する平成九年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

主文第一項の金額を「金一四〇万円」とするほか主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、訴外甲野太郎こと乙太郎(以下「訴外甲野」という。)の有するゴルフ会員権を差し押さえた原告が、第三債務者である被告に対し、右ゴルフ会員権のうち預託金返還債権につき取立訴訟を提起した事案である。

一  争いのない事実等(争いのある事実については、括弧書きで証拠を示す。)

1 原告は、原告を債権者、訴外甲野を債務者とする、東京法務局所属公証人川崎謙輔作成平成六年第四九四四号債務弁済契約公正証書の執行力のある正本に基づき、被告を第三債務者として、訴外甲野の有する左記預託金会員制ゴルフ会員権につき差押命令を取得し(東京地方裁判所平成九年(ル)第二九二八号)、右差押命令は、債務者に対しては平成九年五月二一日、第三債務者に対しては同月一六日、それぞれ送達された。

債務者が第三債務者に対して有する左記ゴルフ会員権(第三債務者経営のゴルフ場及びその付属施設の利用権並びに左記預託金返還請求権)

(一) 法人の名称及び代表者の氏名

株式会社紫塚スポーツシティ(紫塚ゴルフ倶楽部)

代表取締役 芳賀満雄

(二) 登録者氏名

債務者 甲野太郎

(三)(1) 会員番号 MS 〇一八一

(2) 預託金 金一四〇万円

2 訴外甲野は、昭和五四年七月五日、被告経営に係る紫塚ゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフクラブ」という。)に入会し、同月三一日ころ、被告に対し、会員資格保証金として金一四〇万円を預託し(以下「本件預託金」という。)、同日、被告から会員資格証書の発行を受けた。

3(一) 本件ゴルフクラブの会則九条(2)によれば、会員資格保証金の据置期間は、会員資格証書の発行日の翌日から起算して一〇年とされている。

(二) 平成五年八月三一日が経過した後である平成九年九月五日、原告は、本訴状をもって、被告に対し、本件預託金の返還を請求した。

4 本件ゴルフクラブの会則九条(3)ただし書によれば、預託金返還に際し、未納金又は未払い金がある場合には、預託金と相殺するものとされているところ、訴外甲野は、口頭弁論終結の時点において、平成五年度分以降五年分の年会費合計金一四万四七六〇円が未払いである。

第三  争点

本件預託金返還請求に際して退会が前提とされているか。

(被告の主張)

一般に、預託金会員制ゴルフクラブの会員が預託金の返還を求める場合には、ゴルフクラブを退会した上で会員証書と引き替えに預託金を返還するものとされており、本件ゴルフクラブの定める会則九条(3)も、それを当然の前提としている。なぜなら、ゴルフ会員権を構成するものは、預託金のみならず、施設利用権や会費納入義務があり、取引価格も変動するものであるから、会員権は分解できないものであり、その中の一部の要素のみ取り出して取り立てたり取引すべきものではないからである。執行実務等においても、会員権の一部である預託金返還請求権のみの差押えや譲渡は認められないとしており、本件においても原告は、本件ゴルフ会員権そのものを差し押さえたのであるから、会員権そのものを取得ないしその売却金を取得すべきであって、預託金の取立てのみを執行することはできないというべきである。本件では、訴外甲野は、本件ゴルフクラブを退会していないから、本件預託金の返還請求権は発生しておらず、原告が本件預託金の返還請求をすることは許されない。

なお、本件ゴルフクラブの会則一五条では、理事会にはクラブ管理上必要な事項を決議する権限が与えられているところ、被告は、昨今の深刻な経済不況、ゴルフクラブ会員権相場の著しい下落という当初は予測不可能であった事情を背景に、預託金の返還を請求する者が多数出現するようになって著しい混乱が生じたため、平成八年四月の理事会において、本件ゴルフクラブの退会申請の受付を平成八年五月一日から三年間停止する旨の決議をした。

(原告の主張)

本件ゴルフクラブの会則上、退会は会員資格保証金の返還の前提とはされていない。

なお、退会申請停止の決議があったとの被告の主張が仮に保証金の据置期間の延長の決議との趣旨に解されるとしても、このような一方的な決議は会員に対して適用されるものではない。会則一五条は、ゴルフクラブの管理上の問題を対象としているのであって、保証金の返還まで理事会において停止することができるとの趣旨を含むものではない。

第四  当裁判所の判断

一  本件ゴルフクラブは、いわゆる預託金会員の組織であって、その会則は、これを承認して入会した会員とゴルフ場を経営する被告との間の権利義務の内容を構成するものというべきところ、本件ゴルフクラブの会則九条(2)には、会員資格保証金は会員資格証書の発行日の翌日から起算して一〇年間据え置き、利子はつけないとの記載が、同条(3)には、前項の期間後、会員資格保証金の返還請求があった場合は、理事会の承認を得て返還するものとする旨の記載がある。しかしながら、右会則には、会員資格保証金の返還請求には本件ゴルフクラブの退会を条件とする旨の記載はー切なく、右会則中の他の条項と併せて検討してみても、会員資格保証金の返還請求が本件ゴルフクラブの退会すなわち会員資格の喪失を前提としているものと解することはできない。もっとも、「会員資格保証金」との名称からは、会員資格を有する限り預託を継続することを予定しているものと解する余地が全くないわけではないけれども、右のような名称のみから直ちに、その返還請求につき当然に会員資格の喪失が前提とされているとまでいうことはできず、前示のとおり、被告と会員との間の権利関係を規定する本件ゴルフクラブの会則条項を仔細に検討してみても、会員資格保証金の返還を請求するにつき本件ゴルフクラブの退会が条件とされていることを窺わせるような記載は一切存在せず、他に、右事実を認めるに足りる証拠は存しないのであるから、本件ゴルフクラブにおいては、退会を要件とすることなく、会則に記載された据置期間の経過により会員資格保証金の返還請求権が発生するものと解するほかはない。

被告は、この点に関し、ゴルフ会員権のうち預託金返還請求権のみを取り出して処分することはできないから、預託金の返還を請求するには当然退会によりゴルフ会員権そのものを消滅させることが必要であるなどと主張する。一般に、預託金会員制のゴルフ会員権は、その内容として、預託金返還請求権、施設利用権のほか会費納入義務等を含む契約上の地位であって、いまだ預託金返還請求権が具体的に現実に発生することなくゴルフ会員権の一内容をなすにとどまっている限りは、潜在的権利としての預託金返還請求権のみの譲渡差押等が許されないと解すべきことは被告主張のとおりであるとしても、本件のように会則の規定により据置期間の経過により預託金返還請求権が発生すると解される場合には、会則に定められた据置期間が経過することにより具体的な金銭債権としての預託金返還求権が発生するのであって、右のような、具体的な金銭債権として現実に発生した預託金返還請求権については、他の通常の金銭債権と同様、独立して譲渡処分の対象となるものと解することに何ら不都合はなく、この場合、ゴルフ会員権を差し押さえた債権者としては、換価の方法として、ゴルフ会員権自体を売却処分することも、預託金返還請求権の取立てによることもできると解するのが相当であるから、被告の前記主張は、採用することができない。

なお、被告は、理事会の決議により本件ゴルフクラブの退会申請の受付を三年間停止することにしたとも主張しており、右主張をもって、理事会の決議により会員資格保証金の据置期間を延長した旨の主張と解する余地がないではないので、以下この点について検討する。本件ゴルフクラブの会則一五条によれば、理事によって構成される理事会は、クラブ管理上必要な事項を決議するとされ、同会則一六条には、理事会の決議事項として、<1>クラブの運営に関する基本的事項、<2>総会に提出する書類に関する事項、<3>委員制度の改定及び委員会の分担事項の規則、<4>その他クラブ運営に必要な事項、が掲げられている。右各記載に照らせば、同条の趣旨は、多数の会員を要するゴルフクラブの管理運営を円滑に行うことを目的として、そのために必要な限度でクラブの管理運営に関する事項の決定権限を各会員から理事会に委譲したに過ぎないものと解される。他方、会員資格保証金の返還請求権が会員にとって基本的かつ重要な権利であることに鑑みれば、右各記載をもって、会員資格保証金の据置期間を決議により一方的に延長できる権限までを理事会に付与する趣旨を含むものとは到底解することができない。したがって、会員資格保証金の据置期間の延長については、本件ゴルフクラブの理事会の権限に含まれないというべきであるから、この点に関する被告の主張は、理由がない。

(裁判官 増森珠美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例